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おうひまりーあんとわねっと ふらんそわでゅもんのげんがによる 王妃マリー=アントワネット[フランソワ・デュモンの原画による]
ドイツ皇帝フリードリッヒ1世とマリア・テレジア皇后の娘であるマリー=アントワネット・オーストリア大公は15歳の若さで、1770年にフランス皇太子(ルイ16世)と結婚する。上品、活発でエスプリに富んだマリー=アントワネット王妃は旺盛な気力の持ち主でもあったが、しばしば軽率な行動をとり、1793年、夫の死の数ヶ月後に斬首刑に処され、悲劇的な死をとげた。革命の事態の重大さに気づかなかった彼女は、その最も早い犠牲者となったのである。彼女の高尚な美的感覚や宮廷のエチケットから脱した生活様式、また裁判の時に、彼女が示した誇り高い態度などから、彼女は後に伝説的人物となった。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作品
新造形主義とは?【 美術用語 】 ネオプラスティシズム。20世紀前半の芸術運動。新造形主義の名称は、モンドリアン(1872〜1944)が、スフーンマーケルスの神秘的・超越論的思想とそれを幾可学的に表現する考えに影響を受け、彼の用語「新しい造形」(de nieuwe beelding)を引用しながら、色彩と線の純粋な関係が普遍的なものとして、絵画、彫刻、デザイン、建築を統一した原理で捉える見解を表明。1917年にドゥースブルフ(1883−1931)とモンドリアンが中心となってレイデンで刊行した『デ・ステイル』誌が運動の中核になった。1925年にモンドリアンは『デ・スティル』から離れるが、バウハウス、構成主義、ダダとも交流し、モホリ・ナジらが創刊した『i10』が両者の橋渡し役をはたした。絵画、彫刻、デザイン、建築といった幅広い分野に渡って影響を与え、20世紀の抽象芸術運動として大きな役割をはたした。 |
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