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ぶるごーにゅこうしゃくのたんじょうをいわうう゛ぇるさいゆきゅうでんのさいてん しゃるるにこらこしゃんこのげんがによる ブルゴーニュ公爵の誕生を祝うヴェルサイユ宮殿の祭典[シャルル=ニコラ・コシャン(子)の原画による]
スペイン王子と結婚したルイ15世の長女の結婚式に、花火を打ち上げるため、ヴェルサイユ宮殿のテラスの端には大きな舞台装置が建てられた。この建築物は祭典の雰囲気を決定し、ブルゴーニュ公(ドーファン殿下の長男)の生誕を祝うために、1751年12月に打ち上げられた花火をより鮮明にしている。この舞台装置はスロッツ兄弟の三男のミシェル・アンジュ(1705−1764年)によって作られた。その長さは全長300メートル以上におよんでいる。この建築様式の簡素さは、新古典主義の影響によるところが大きい。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作品
川上冬崖とは?【 作家名 】 1827年長野県に生まれる。江戸に出て大西椿年に学び岸太郎と称する。蕃書調書に入り、絵画取調出役、画学出役となって洋画法を研究し、後進を指導。明治維新後、大学南校(東京大学の前進)、文部省、陸軍兵学寮、陸軍参謀局に勤める。第1回、第2回内国勧業博覧会美術部の審査主任。1870年下谷に私塾聴香読画館を設けて青年たちに西洋画法を教える。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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