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ゆうがなかいわ にこららんくれのげんがによる 優雅な会話[ニコラ・ランクレの原画による]
この版画は、ニコラ・ランクレが、1719年、アカデミーの画家として迎え入れられるために、優美な祝祭をテーマに作り上げられたヴァトーの作風を再現したものの複製である。ランクレの没年である1743年、作者ジャック・フィリップ・ル・バは、彼自身のアカデミー入会のため、この作品をビュランで制作することを命ぜられた。洗練された家族生活を描いた雅宴画は、17世紀の始め、フランス絵画が発達させたジャンルの特徴的な一例である。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作品
大下藤次郎とは?【 作家名 】 東京都に生まれる。1891年中丸精十郎の画塾に入門し、眞野紀太郎、三宅克己らと知り合う。1893年明治美術会の会員となる。1898年オーストラリアに旅行。1901年太平洋画会の創設に参加。翌年渡米してボストンで水彩画展を開催し、1905年、水彩画の研究団体春鳥会をおこし、機関誌として『みづゑ』を創刊。翌年、丸山晩霞、眞野紀太郎らとともに水彩画講習所を開設。1907年、講習所を移転新築して新たに日本水彩画会研究所を設立。太平洋画会、文展に水彩画を出品し、水彩画の普及につとめる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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