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ふゆまたはすけーとをするひと にこららんくれのげんがによる 冬、またはスケートをする人[ニコラ・ランクレの原画による]
この2点の版画は、ニコラ・ランクレが1738年、パリ郊外のミュエット城の国王の書斎の為に制作した絵画を複製している。これらの絵画は現在ルーヴル美術館に収蔵されている。18世紀の初頭より、季節を描く事は、もはやアレゴリー(寓意)的な形ではあつかわれなくなり、そのかわりに、日常生活の光景において、一年のある時期を思い出させるといった類の画面によって描かれるようになる。そして、畑での労働よりも、娯楽が関心事となる。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作品
ドラートルとは?【 作家名 】 版画家で出版業者の父、オーギュスト・ドラートルの息子として生まれた彼は、当時の最も優れたグラフィック・アーティストたちの仕事ぶりを見ながら、家業をおぼえていった。彼は自分が住み、仕事をしていたモンマルトルという場所の土地柄と活気を好み、版画の制作に活かしている。1890年頃、日本の多色刷版画に刺激されて、多色刷エッチングを試みはじめた。ドラートルはとりわけマクシム・モーフラやリヒャルト・ランフト、スタンランらにエッチングを教え、19世紀末に数多くのオリジナル版画を印刷した。1896年、S・ビングのギャラリー「アール・ヌーヴォー」に13点の版画を出品したが、おそらく彼の日本美術コレクションはビングを通じて作り上げられたものと思われる。1899年、多色刷版画協会の一員となり、その年次展に出品された版画の多くを印刷した。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録) |
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