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むらのはなよめ じゃんばてぃすとぐるーずのげんがによる 村の花嫁[ジャン=バティスト・グルーズの原画による]
この版画の原画は、1761年のサロンに出品された作品で、グルーズの代表作の1点である。当時の目録には、「結婚:花嫁の父が、婿に持参金を渡す場面」とある。すぐにマリニィ侯爵がこの作品を入手し、彼が亡くなるとルイ15世によって王家のコレクションに繰り入れられ、現在ルーヴル美術館の所蔵となっている。この作品のテーマは、まさにグルーズらしい特色に満ちている。村の生活風景という風俗に取材した素材を、道徳的・教訓めいた意味づけで再構成したもので、当時流行しつつあった田舎風の純朴な道徳とルソー風の感傷趣味に合致するものであった。画家グルーズの的確な観察眼と確かな技量は、大変優れた描写の巧みさで生活の一断面を描き出し、その情景に込められた教訓をさらに説得力のあるものにしていた。こうした彼の作品はディドロによって「描かれた道徳」とまで讃えられ、芸術の目指すべきあり方とも受けとめられていたようである。ここでは、父親の謹厳さ、婿の真面目さ、花嫁の羞恥心、兄弟姉妹の心配りなど、描かれている人物やそのしぐさは幾重にも張り巡らされた意味に満ちている。当時の批評家の中には、座る母親の周りにいる子供たちの姿に注目し、雛に囲まれた雌鶏の姿と比較して、その象徴的な意味をくみ取ろうとしたものさえいたという。こうした作品の構図の巧みさと、細部にいたるまで緻密に描き込まれたリアルな描写が、教訓的な意味合いを重んじた画家の姿勢に結びついて、一種独特な物語的風俗画という絵画を生み出したのであった。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作品
シャガールとは?【 作家名 】 1887年ロシアに生まれる。1985年没する。ユダヤ人であるが後にフランス国籍を得る。バクストの美術学校で学んだのち、1910年パリに出る。この頃から故郷の風物を好んでとり入れる。1914年ロシアに戻り、革命後は一時期美術行政にも関わるが、22年に再びパリへ戻る。1933年にバーゼル美術館、46年にはニューヨーク近代美術館、47年にはパリ国立近代美術館で回顧展が開かれた。第2次世界大戦中は渡米するが、1947年にはフランスに戻る。1950年にはチューリッヒ美術館、63年には東京と京都で、また67年には生誕60年を記念してチューリッヒとケルンで、それぞれ回顧展が開かれた。あざやかな青や赤や黄色を用いて描かれた、花々や動物、抱擁する恋人達は、重力をこえて空を飛んでいる。スペイン内乱やユダヤ人虐殺、2つの大戦を経た彼は、永遠の愛の神話を生み出そうとしたのであろうか。油彩の他、挿絵や版画、ステンドグラスなども手がけており、今世紀を代表する画家の1人として評価されている。ニースにシャガール美術館がある。 |
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