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ぐるぐるもくじ


セザンヌ、救済院の礼拝堂



せせらぎ−版画集『自然の諸相』第12図



世相三題



セック



石鹸の道d)行為の断片”標的”



石鹸「モンサヴォン」(ジャン・カルリュと共作)



石膏のトルソと花



雪舟坐像



雪中孤鹿、雨中曳牛



雪中芭蕉図



雪後



背中を見せた女



せのひくいおれんじはまんなかあたり



蝉丸



セリュジェ



『セルフポートレート』



セルフポートレート



千秋万歳図



センストレム



「宣誓」に着手した時の3つの手の習作


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あるじぇのゆだやじん たんじーるのゆだやじんはなよめ

アルジェのユダヤ人(タンジールのユダヤ人花嫁)

作家名:ウジェーヌ・ドラクロワ
制作年:1833年彫版、1865年出版
技 法:エッチング
ドラクロワは、1832年の前半にモルネー伯爵らの政府使節団の随員としてモロッコとアルジェリアへ旅した。この北アフリカ旅行が、彼の画業において非常に重要な意味をもったことは有名である。そこで出会った地中海の明るい光、そして異国の風物などは、その後のドラクロワの関心に大きな方向付けを与え、また旅行中の画帳を通して、個々の絵画の具体的なモチーフとして活用されていくのである。旅から戻った翌年、ドラクロワエッチングの制作に再びとり組み、年内に10点ほどの版を制作した。本作は《オランのアラブ人》とともに、その中で最も重要な作品である。ドラクロワは北アフリカでモロッコのタンジールに滞在したおり、使節団の一員という特権もあり、ユダヤ人たちの住居に立ち入ることができた。彼はそこでユダヤ女性たちの姿を詳細な水彩画に描いており、それらが本作の源泉となっている(タイトルの「アルジェの」は誤称ということになる)。裕福な花嫁が召使いをともない、室内で椅子に掛けている。敷物においた彼女の裸足の形式張らないたたずまいと、重たそうな衣装や威厳のある態度とのコントラストが面白い。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)


カテゴリー:作品
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バロックとは?【 美術用語 】

広義では16世紀末から18世紀初めまでの美術、文学、音楽等の様式や、時代精神を指す。美術においてはルネサンスの後にくるマニエリスムと、18世紀のロココの間にあたる。狭義ではベルニーニをその代表とする1630年頃のイタリアの建築、彫刻、絵画のことを指す。ルネサンスの成果である新しい科学技術によって、交通手段や情報伝達が発達したこの時代、人々の世界観は大きくゆらぎ始めた。古代ギリシア,ローマを模範とする考えはそのバランスを失っていく。しかし、なおかつ新たな統一を目指そうという傾向が生まれた。装飾過多であったり、形をゆがめたり、特定の瞬間に焦点をあてたり、線よりも面や光を重視したりする手法がとられるようになる。それらはおおむね、迫真性をもった劇的な表現を見せているが、この時代の精神の多岐にわたる現われ方は、けっしてひとまとめにできるものではない。この時代の作家たちとして、ベルニーニのほかに、カラヴァジオ、ルーベンス、レンブラント、フランス・ハルスエル・グレコ、ベラスケスらがいる。

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