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せいしょ 聖書
〈死せる魂〉、〈ラ・フォンテーヌの寓話〉に続いて、一九三〇年にヴォラールから注文されたが、三九年ヴォラールの急死や第二次世界大戦などのため中断。五二年に再開し、五六年にテリアードから刊行された。また、手彩色されたものが五八年に刊行。テーマは旧約聖書である。彼はユダヤの血を引くので云々、といったことはともかくとして、聖書はシャガールにとって詩想の源泉であった。そして、それは「書物のなかの書物」。フランスのニースには「マルク・シャガール聖書の言葉美術館」がある。(「本と美術−20世紀の挿絵本からアーティスツ・ブックスまで」図録 2002年)
カテゴリー:作品
ダダとは?【 美術用語 】 第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。 |
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