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べてぃ ベティ
〈ベティ〉はリヒターが撮影した愛娘の写真から生まれた。肖像画であるはずだが、顔が描かれていないために、そのように成立していないこの作品は、その画面構成からも、美術史上の先行絵画作品とのつながりを見て取ることができる。たとえば、フェルメール〈真珠の耳飾りの少女〉やアングル〈大きな浴女〉など。ここでは、ベティが唐突に後ろを振り向いたことで、古典的で安定した構図にデリケートで魅惑的な揺らぎが生じている。
カテゴリー:作品
ベラとは?【 作家名 】 ザイール南部にあるシャバ州の中心都市であるルブンバシ(旧エリザベトビル)は、銅やコバルトの産地として世界的に知られている。第二次世界大戦中にブラザビル(現コンゴの首都)で、軍務として現地の美術の保護に携わっていたブルターニュ出身のフランス人画家ピエール・ロマン=デフォッセが、チャド出身の従兵ベラを連れて、この地に入ったのは戦争末期のことであった。アフリカ人の芸術を保護、奨励することに深い関心を寄せていた彼は1944年、現地の人々を相手にしたアトリエ〈ル・アンガー〉を開設する。その最初のメンバーのひとりがベラであった。〈ル・アンガー〉では、デフォッセはただキャンバスと絵の具、それに場所だけを提供して、主題も構図も一切教えずに、もちろん西洋美術の画集に手を触れさせることもなく、もっぱら現地の人たちの自発性に委ねたといわれている。指先を使うベラの点描画法などは、実に個性的な手法であった。(「同時代のアフリカ美術」図録 1996年) |
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