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ぐるぐるもくじ


セザンヌ、救済院の礼拝堂



せせらぎ−版画集『自然の諸相』第12図



世相三題



セック



石鹸の道d)行為の断片”標的”



石鹸「モンサヴォン」(ジャン・カルリュと共作)



石膏のトルソと花



雪舟坐像



雪中孤鹿、雨中曳牛



雪中芭蕉図



雪後



背中を見せた女



せのひくいおれんじはまんなかあたり



蝉丸



セリュジェ



『セルフポートレート』



セルフポートレート



千秋万歳図



センストレム



「宣誓」に着手した時の3つの手の習作


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 作家(1701)

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にほんのこどものうた

日本の子供の歌

作家名:ヘレン・ハイド
制作年:1901年
技 法:鉛筆・インク・水彩
ハイドはアメリカにいた頃から子供の絵本の挿絵画家を志したが、商業的には成功しなかった。この日本の童謡を集めた楽譜帳も結局出版されずに終わったが、姉のメイベルが訳した楽譜の横にそれぞれの歌詞の内容に合った挿絵をつけた、大変意欲的な作品である。明治時代には、西洋文化の流入で日本の音楽の多くが西洋の楽譜法で書き換えられるようになったが、ハイドの楽譜帳はまさにその日本音楽の転換期を記した貴重な資料でもある。内容的にも、童謡だけでなく、君が代や昭憲皇太后作詞の金剛石の歌までも取り上げている点で、ハイドが目の当たりにした日本の近代国家への急速な歩みが示されている。(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)


カテゴリー:作品
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紫派とは?【 美術用語 】

黒田清輝を中心として形成された明治期の洋画の傾向とその画家たちを指す。ラファエル・コランに学んで1893年帰国した黒田は、印象派の技法と伝統的な主題を折衷したサロン系の外光表現を日本に伝えたが、それまで日本の画壇は脂派と呼ばれる褐色を基調として明暗のコントラストを鳶色と黒で描いた暗く脂っぽい表現が主流となっていたため、黒田の明るく感覚的な外光描写は若い画家たちに清新な感動をもって迎えられた。黒田は久米桂一郎とともに天真動場、次いで白馬会を創立し、また東京美術学校教授として後進の指導にあたり、それらの活動を通じて外光描写は当時唯一の官展であった文部省美術展覧会(文展)の画風を支配するに至った。名称の起りは、陰の部分を青や紫で描いたことを、脂派に対して正岡子規が紫派と揶揄したことによる。ほかに脂派との対比から新派、南派、正則派とも呼ぶ。

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けんさくけっか

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紫派

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徳島県立近代美術館2006