シャデル晩年のこの作品は、様式的に見て19世紀末のポン=タヴェン派や
ナビ派に近い。平面的で装飾的な模様へと
抽象化された山や丘はゴーガンのブルターニュ風景を思わせ、炎のように立ち上がる木々は
ゴッホの糸杉を思わせる。それと同時に、画面全体を覆う黒の輪郭線は、
シャデルが長年専門としてきた
木版画から示唆を得たものであるかもしれない。極端に横長の形式や金色の使用、全体の渋い色調は、日本の屏風絵などの装飾美術の影響を強く示している。(「世紀末から 西洋の中の日本「
ジャポニスム展」図録)

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モネとは?【 作家名 】

食品雑貨店の息子としてパリに、生まれ幼い頃から画才を発揮する。
ピサロ、
シスレーら後の
印象派の画家と交流し、1870年には、
ターナーや
コンスタブルの風景画、そして日本の浮世絵に影響され、原色を用いて色を混ぜない方法を目指す。これは目の網膜に映るがままに描こうとする結果であった。1872年の〈印象ー日の出〉は
印象派の名前の始まりとなった。自然が刻一刻と様相を変える瞬間をとらえようとし、〈積わら〉、〈ルーアン大聖堂〉、〈睡蓮〉などの連作を制作して
印象派の代表者の一人と言われる。

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