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さろんでさん ぽすたーげんが 「サロン・デ・サン」ポスター原画
サロン・デ・サン(百人展)は『プリュム』誌の出版者であるレオン・デシャンにより、1894年2月から月1回の頻度で開催された、絵画、彫刻、版画、工芸等のグループ展で、1900年まで続いた。デシャンは専ら版画やポスターを奨励したため、サロンでもその割合が次第に多くなり、常連としてもミュシャやシェレ等、当時の人気のポスター作家が増えていった。パリ左岸のボナパルト通りの31番地にあった小さなギャラリーで開かれたサロン・デ・サンには多くの観客が訪れ、版画作家の作品発表の場として大きな役割を果たした。(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)
カテゴリー:作品
アンフォルメルとは?【 美術用語 】 もとは「非定形なもの」という意味。美術の世界では、アンフォルメル絵画、アンフォルメル芸術というように用いられ、定着している。第二次世界大戦後、約10年間、世の中では抽象絵画の運動がさかんになった。この抽象への指向が、アメリカでは抽象表現主義とよばれ、フランスを中心とするヨーロッパにおいてはアンフォルメルとよばれたのである。アンフォルメルという言葉は、フランスの批評家ミシェル・タピエによって1950年に名付けられ、1952年には「アンフォルメルの意味するもの」と題する展覧会がもたれた。この運動の中心となった作家は、ヴォルス、デュビュッフェ、マチュー、リオベル、ミショーらで、彼らはこれまでの美学を棄て「もう一つの芸術」を創ろうとした。つまりこれまでの抽象が与えてきた構成的、幾何学的なイメージを脱却し、理性では把えられない意識下の心の状態から生み出されるものを表現しようとした。それらは抒情的で非幾何学的であるがゆえに、アンフォルメルとよばれた。日本にも後日紹介されて、前衛芸術に多大な影響を与えた。 |
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