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しんかい たけたろう 新海竹太郎
1868年山形市の仏師の家に生まれる。1886年上京。後藤貞行に彫技を、浅井忠にデッサンを、小倉惣次郎に塑造を学んだ。1887年、徴兵された騎兵隊で馬の彫刻を制作する。1900年渡欧。ベルリン美術学校に学び、1935年に帰国。1907年第1回文展に「ゆあみ」を出品し、自らは審査員もつとめた。渡欧により、身につけた洋風の技術と古典趣味に、日本の古典である天平彫刻の理想を重ね合わせた「ゆあみ」は、近代彫刻史上重要な作品である。和洋折衷に腐心しつつも、十分にこなれない身体の表現は、当時の彫刻界の有りようを如実に物語っている。1917年に帝室技芸員となり、19年帝室美術員会員となる。1927年死去。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年)
カテゴリー:作家
ドニとは?【 作家名 】 フランス、グランヴィルに生まれる。パリに出てアカデミー・ジュリアンに学び、ボナール、ヴュイヤール、ランソン、セルジェらと交友する。ポンタヴェンでゴーギャンの影響を受けて結成された、ナビ派の第1回展(1891年)に参加する。セザンヌへの傾倒も強く、作品テーマに「セザンヌ礼讃」(1900年)や「セザンヌ訪問」(1906年)がある。イタリア、ドイツ、スペイン、モスクワ、アルジェリア、アメリカ、カナダと旅行し、特にイタリアでは信仰と美の合致を見出す。宗教画や装飾画も手がける。1920年には国立美術協会宗教芸術部の副部長となる。装飾的、象徴的画面構成に特色がある。また美術理論家としても重要である。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年) |
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