![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
おうじょにあいたくてなしょなる・がーでんのふぇすてぃばるをおとずれるまだむ 王女に会いたくてナショナル・ガーデンのフェスティバルを訪
群衆の中に紛れ込んでいて見過ごしてしまいそうな「マダム」。実はこれはリア・パッケの変装した姿である。リア・パッケは1979年以来ベルギー国内をはじめアメリカ、フランス等でパフォーマンスを行っているが、1982年の「家庭でのマダム」以降はマダムに扮し、王女を見にナショナル・ガーデンへ行ったりケルンのカーニバルや奇蹟の泉のあるカトリックの聖地ルルドへ行ったりしている。1988、89年は特にマダムを多く演じているが、最近では黒縁の眼鏡をかけ、スーツを着て男装し、小型の荷車をひく「リトルマン」というキャラクターを演じるシリーズを始めている。彼女が作品として発表するのはこのマダムやリトルマンのいる風景を第三者が自由に撮影した写真から彼女が選択しセットしたものである。(「ベルギー現代美術展」図録 1994年)
カテゴリー:作品
ルペールとは?【 作家名 】 父、フランソワの下で修業を積み、幼いルペールは13歳で『マガザン・ピトレスク』誌や『イリュストラシオン』誌のために挿絵を描き始めた。1879年以後、木版工房を設立したが、1885年にオリジナル版画をつくることに専念した。ルペールは木版画の復興に力となって、日本から学んだ板目木版の技法や水性インクの使用法を開発した。彼の作品を通してシャルル・モーラン、アンリ・ゲラール、アンリ・リヴィエールなどの芸術家たちがその技術を取り入れた。ルペールは1888年に『エスタンプ・オリジナル』誌を発行し、1889年には画家=版画家協会、1896年には木版画家同業協会の創立メンバーとなり、『版画(イマージュ)』誌の創刊を手伝った。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||