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「シュルレアリスム 彫刻・オブジェ・絵画・デッサン」展 ピエール・コル画廊



「シュルレアリスム」展 アテネオ・デ・サンタ・クルス・デ・テネリフェ



「シュルレアリスム絵画」展 ピエール画廊



シュルレアリスム革命 1-12号



シュルレアリスム国際展のマネキン人形 マン・レイ作



シュレンマー



春秋(双幅のうち「春」)



春秋(双幅のうち「秋」)



シューブラク



シュールマン



蕉陰煮茶図



障害児用おもちゃの自動車「バイオカー」“ロロ”と“ソロ”



邵氏観梅図



少女の顔



「肖像画・デッサン・宝石展」サル・デ・ザール



象徴主義



聖徳太子孝養立像



「少年の魔法の角笛」/(『ゲルラッハ・ユーゲントビューヒェライ』第4号)



初夏渡航



書簡 今泉氏宛


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げいじゅつのにほんし No.25 ひょうし

『芸術の日本』誌(No.25)表紙

作家名:作者不詳(ジャポニスム展)
制作年:1890年
技 法:フォトメカニカル・プリント
サミュエル・ビングは19世紀後半のヨーロッパにおいて有数の日本美術収集家であり、美術商でもあった。アカデミズムで行き詰まったヨーロッパ美術の復興に日本美術が鍵となると信じた彼は、その熱意を日本美術の展覧会や『芸術の日本』誌の刊行に注いだ。第1号の序文からはビングの確信と熱意が伝わってくる。「日本の芸術は、あさはかで熱狂的な気まぐれとは関係なく、今後わが国の芸術と永遠に結び付いていくだろう。それは、一滴の血として我々の血と混じり、どのような力ももはやこれを取り除くことはできないだろう」。全部で36号刊行されたこの月刊誌には、日本美術の専門家の論文や浮世絵などから抜粋した挿絵が多く掲載され、全カラーのジロッタージュ・プリントで刷られた日本美術の複製が10枚も付録として含まれていた。英語とドイツ語でも出版され、西洋における日本美術の知識の普及に大きな役割を果たした。(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)


カテゴリー:作品
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森田恒友とは?【 作家名 】

1881年埼玉県に生まれる。上京して小山正太郎の不同舎に入門。東京美術学校西洋画科にすすみ、卒業後進学していた研究科を1907年(明治40)やめ、石井柏亭山本鼎らと同人雑誌「方才」を創刊する。また詩人北原白秋らとパンの会を起こす。同年開設された文展に入選。その後一時、秋田や大阪で教員や新聞社に就職するが再上京し、1914年(大正3)渡欧する。帰国後は、セザンヌドーミエ、またキュビスムに影響された作品を発表する。翌年、二科会の会員になる一方、院展洋画部に出品し、翌年同人に推挙される。また同年、小川芋銭川端龍子、小川千甕らとともに日本画家の団体珊瑚会を結成。しだいに水墨画家の活動もはじめる。1917年、院展に専念するため二科会を退会。1920年には院展同人とともに日本美術院を脱退、1922年春陽会を結成し、以後ここを中心に活動する。1932年(昭和7)食道癌のため入院し、翌年逝去。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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