ぐるぐるアートワード
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原勝郎



原菊太郎



原健



原丹橋



原鵬雲







ハルス



ハルトフ



春日蜿々(白梅)



ハロルドジェニングス



版画集『大鴉』『大鴉』表紙



版画集『大鴉』胸像の上の大鴉−「パラスの像へと降り立った……」



版画集『大鴉』飛翔する大鴉:書票



版画集『大鴉』窓辺にて−「ここに私は鎧戸を開け放った……」



版画集『大鴉』椅子−「床の上に漂いつつ横たわるその影……」



版画集『大鴉』ランプの下で−「嘗て物寂しい真夜中に……」



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉1. フィリポ 邊梨保の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉10. タダイ 多駄伊の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉11. ヤコブ 也胡武の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉12. シモン 指聞の柵


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 作家(1701)

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めう゛ぃすとのらげてげきじょうにおけるこんさーとようぽすたー

メヴィストのラ・ゲテ劇場におけるコンサート用ポスター

作家名:アンリ=ガブリエル・イベルス
制作年:1892年
技 法:多色刷石版画
ナビ派の画家たちの中でも専ら挿絵画家として、劇のプログラムや楽譜の表紙のデザインをしていたイベルスは「ナビのジャーリスト」と呼ばれたほどであった。歌手のジュール・メヴィストはイベルスと親交の深かった一番の顧客であり、彼は他の歌手仲間たちにもイベルスに絵を描かせれば、出版社も喜んで楽譜を出版するし、楽譜も売れると口添していた。この大型ポスターはイベルスが挿絵画家としての道を踏み出した頃描かれたが、町中に張り出されることによって、ポスター・デザインの分野でも彼の評判を高めた。画面の右に大きく描かれたメヴィストが眼をやるのは、工場と労働者の姿であり、工業化社会による労働者の搾取を批判したメヴィストの歌の内容を表現している。画面に沿って迫り上がる地面や、デフォルメされた遠近感、緑と赤の補色の使用等に、イベルスロートレックやナビ派の画家たちと同じように浮世絵の様式的要素を取り入れていたことが窺える。(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)


カテゴリー:作品
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ゲラールとは?【 作家名 】

画家、版画家、挿絵画家、装飾デザイナーとして活躍したゲラールは、1860年代、マネフェリックス・ビュオフィリップス・ビュルティらの親しい友人であった。初期にはエッチングによる複製版画で生計を立て、装飾デザイナー、あるいは扇製作者としても働いた。1883年には、ルイ・ゴンスに協力して、『日本美術』に日本の美術品を描いた200点余りものエッチングの挿絵を入れている。オーギュスト・ルペールと付き合うようになり、おそらくエミール・ベルナールにも刺激されたのであろう。1880年には木版画を手がけ、1880年代後半、多色刷エッチングの技法の発展に尽力した。フィリップ・ビュルティとフェリックス・ブラックモンと共にデュラン=リュエル画廊で画家=版画家年次展覧会を設立し、1890年、フランス画家=版画協会をフェリックス・ブラックモンと共に創設した。1897年、ロジェ・マルクスゲラールのことを「パリの日本人」と評している。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)

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  カフェ・コンセールにて

  アンリ=シャルル・ゲラール

  出漁:月光の効果

  ジャポニスム

  扇面画(男)

  扇面画(日本の面)

  扉絵と書票−『ジャポニスム:10のエッチング』より

  フェリックス・ブラックモン

  病みあがり:ルペール夫人

  オーギュスト=ルイ・ルペール


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徳島県立近代美術館2006