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ねぶくろ 寝袋
イタリア製。デザイン:テリー・ピコラとマリオン・デ・ロンド、製造:T.P.ロンド社。アメリカ人のテリー・ピコラと彼女のオランダ人パートナー、マリオン・デ・ロンドの2人のデザイナーは、市場で顧みられていないと考えた子供用製品の新コレクション、プラムケーキ・キッズを創設した。寝袋は車で移動するライフスタイルでの多目的使用アイテムである。技術的に細部にわたる厳密な配慮をもって、美的配慮は最小限に抑えてデザインされている。この小さな袋は、赤ん坊をバギーに入れて暖かく運ぶことができるようにジッパーで開閉でき、旅行のときには便利なように小さなバッグに折りたたむことができ、開くと赤ん坊が遊ぶための柔らかな敷物になる。ヴェルクロで取り付けられた輪型のおしゃぶりが付いている。(「キッズ・サイズ・デザイン展」図録)
カテゴリー:作品
ジョセフ・アルバースとは?【 作家名 】 1888年、ドイツに生まれる。1913年から15年までベルリンの美術アカデミーで学び、美術教師の資格を取る。1916年から19年までは小学校の教師をしながら美術工芸学校に学ぶ。1919年から20年にかけてミュンヘンの美術アカデミーでクレー、カンディンスキーらの教えを受ける。1920年にヴァイマルのバウハウスに入り、22年まで学び、23年からはステンドグラス工房と基礎課程で指導にあたる。基礎課程ではモホリ=ナギと共に親方をつとめる。デッサウに移り、1928年からは家具工房の親方も勤めた。1933年には、ナチスから逃れて早々とアメリカへ亡命しノース・キャロライナ州、ブラック・マウンテン大学の教授となる。1933年から46年にはパリのアブストラクシオン=クレアシオンに参加、またアメリカ抽象芸術家協会にも参加する。戦後の1950年 にはイェール大学に移る。またハーバード大学やシンシナティ芸術アカデミーなどで幅広く指導を行う。そのほかにもメキシコ、キューバ、チリ、ペルー、ハワイ、日本など世界各地の大学で講演を行う。展覧会も各地で開催された。(「亡命者の奇跡 アメリカに渡った芸術家たち」図録 1993年) |
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