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べびーちぇあ ベビーチェア
イギリス製。上部の飾りと象眼細工の装飾が施されたつぼ型の背の、この珍しい椅子は、飾りだんす職人の一品制作品と考えられる。おそらく大富豪の家族のために作られたのだろう。必要不可欠な遊び用板や取り付けられたトレイは19世紀後期の幼児用食事椅子の改良点となった。高さを変えられる多くのモデルがあり、この椅子の場合は、食事用にも遊び用にも使えるように、カーペット床に近い低座椅子の高さまで座の位置を下げることができた。(「キッズ・サイズ・デザイン展」図録)
カテゴリー:作品
河合新蔵とは?【 作家名 】 大阪府に生まれる。1891年頃東京に移り、五姓田芳柳に学ぶ。その後小山正太郎の不同舎に移る。1900年、満谷国四郎、丸山晩霞、鹿子木孟郎らとともに渡米し、翌年ヨーロッパに渡る。パリではアカデミー・コラロッシュに入ってラファエル・コランに師事。またアカデミー・ジュリアンにも学んだ。1904年に帰国。一時京都に住むが再び上京して太平洋画会に参加。大下藤次郎の水彩画講習所の開設に協力して講師をつとめる。1912年に京都に移住。関西美術院の教授となり、関西美術会の審査員などもつとめた。1913年の日本水彩画会の創立には発起人となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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