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べびーちぇあno.3 ベビーチェアno.3
オーストリア製。デザインと製造:ゲブリューダー・トーネット社。食事トレイは取り外しできる。トーネットはこの作品を3つの異なったバージョンで発表した。no.2は車輪が付いていて、車付き子供用椅子と呼ばれていた。子供用家具を様々なバージョンで数多く設計を試みた後、トーネットは最終的に成人の標準寸法の70パーセントをそれに割り当てることにした。つまり、座の高さ32cm、肘掛け高さ63cm、座の直径32cmの寸法である。価格は成人用の66パーセントであった。子供用は大成功で、結果、企業生産量の3パーセントを占めるようになった。トーネットは子供用家具の大量生産に初めて成功した革新的製造業者であった。(「キッズ・サイズ・デザイン展」図録)
カテゴリー:作品
池田輝方とは?【 作家名 】 1883年東京都に生まれる。建具職池田吉五郎の次男。1895年(明治28)水野年方に内弟子として入門、鏑木清方、荒井寛方、大野静方らとともに年方門の四天王といわれる。1902年日本美術協会、日本美術院連合の第12回絵画共進会展、翌年の第13回展で1等褒状を、4年の第14回展で銅賞三席を受ける。清方らにより1901年に結成された烏合会に参加。1903年同門の蕉園と婚約するが、紆余曲折の末、11年結婚する。この間、1907年川合玉堂に入門。1912年第6回文展で褒状を、第8回展で3等賞、第9回展で2等賞を受け、第10回展では蕉園とともに夫妻そろって特選を受賞した。1917年(大正6)妻蕉園が病没。1919年、石井林響、山内多門らと如水会を結成し、この年の第1回帝展にも出品するが、21年結核のため逝去する。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年) |
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