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こどもせおいかご 子供背負いかご
インドネシア製。裂いたロタング(籐の一種)でつくられた半円形のスクリーンは、小さな半円形の板の上に黒と黄色のパターンに編まれてある。強い木片は樹皮で包まれ、二本の紐で母親の身体に合うようになっている。この種の子供背負いかごはリュックサックのように背中に背負われ今日でもボルネオの僻地で見ることができる。(「キッズ・サイズ・デザイン展」図録)
カテゴリー:作品
与謝蕪村とは?【 作家名 】 現在の大阪市に生まれる。江戸中期の俳人であり、画家。姓は谷口から与謝に改めた。蕪村は俳号で、画号は初め子漢。晩年に謝寅(しゃいん)とした。二十歳頃、俳諧を志し、江戸に下って早野巴人(はじん)に入門。巴人の没後、いまの茨城県など関東や東北を巡歴し、一七五一年(宝暦元年)、京都に居を結ぶ。丹後(現在の京都府)の宮津での滞在を挟み、以後は京都を拠点に活動した。絵画の面では、明清絵画のさまざまな画法を学び、南画の画法を吸収することで、自己の表現をつくりあげた。池大雅(たいが)とともに日本南画の大成者とされている。 |
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