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せかいのおわり のーとるだむのてんしによってさつえいされた 世界の終わり−ノートルダムの天使によって撮影された
ブレーズ・サンドラール著。サンドラールとレジェは共に、ル・コルビュジェらが始めた「エスプリ・ヌーヴォー」運動に参加している。それは、キュビスムを深化させ、色、音、光などの様々な造形要素を一層純粋化していくものであった。サンドラールの詩句は映画の台本のようであり、レジェの挿絵は派手な広告を思わせる。新しいメディア「映画」を意識した作りの、まさしく「ノートルダムの天使によって撮影された(副題)」ような粋な本である。(「本と美術−20世紀の挿絵本からアーティスツ・ブックスまで」図録 2002年)
カテゴリー:作品
結城正明とは?【 作家名 】 越中(現富山県)富山に金沢藩士の子として生まれる。安政年間に江戸に出て、木挽町狩野家の狩野雅信に入門する。狩野芳崖、橋本雅邦、木村立嶽は同門。万延年間の江戸城本丸御殿再建に際して、雅信のもとで障壁画等の制作にたずさわった。明治維新後、狩野派の苦境から一時会計事務の仕事などを行うが、銅版画を学びはじめ、明治10年(1877)の第一回内国勧業博覧会では銅版画で受賞した。この頃、銅版画地図の制作にもあたる。明治17年(1884)に結成された鑑画会に加わり、翌年の第一回展に出品。東京美術学校が開設されると日本画科教官となり、明治24年(1891)助教授。自宅の画塾では、美術学校へ入る前の横山大観、菱田春草を指導した。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年) |
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