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すずき みのる 鈴木実
1930年山形県高畠町に生まれる。1948年山形県立米沢興譲館高等学校を卒業、桜井祐一に師事する。1953年第38回日本美術院展に出品。以後院友となり奨励賞、白寿賞など数多く受賞。1961年新海竹蔵、桜井祐一らとS.A.S(彫刻家集団)を結成。1963年S.A.Sを解散。国画会彫刻部の結成に参加し、会員となる。1978年第7回平櫛田中賞受賞。1985年第16回中原悌二郎賞受賞。院展の彫刻部にあって、伝統的な木彫の技法を十分に修得した鈴木の木彫は、木のもつ精神性をそのなかから、「かたち」を与えて彫り出してゆくというふうに見て取れなくもない。切り倒され、刻まれたはずの木が、根を張り、生々しく存在しているかのような不思議な雰囲気を醸し出している。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年)
カテゴリー:作家
朦朧体とは?【 美術用語 】 明治時代後半期の没線彩画の手法を用いた日本画の画風。横山大観、菱田春草らが、岡倉天心の指導と、洋画の外光派に刺激されて、伝統的な線描を用いずに彩描を絵具をつけない空刷毛を用いてぼかすことによって、空気や光線などを表わそうとした、日本画の新しい表現の試みであった。当時の評判は悪く、批評家からは悪意と嘲罵をもって、縹緲体(ひょうびょうたい=ひろびろとして限りなく、かすかにほんのりとしか見えない様)、朦朧体(もうろうたい=描かれたものの輪郭がはっきりわからず、物事のはっきりしないもの)と評された。しかし、浪漫主義(ロマン主義)的風潮を背景に西洋絵画の造形と正面から取り組み、近代日本画に革新をもたらした点においてその影響は大きかった。 |
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