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しょうねんのまほうのつのぶえ 「少年の魔法の角笛」/(『ゲルラッハ・ユーゲントビューヒェライ』第4号) 作家名:資料(ウィーンの夢と憧れ−世紀末のグラフィック・アート) レフラーの挿図およびカラー図版多数、オリジナルクロス装、初版。ベルトルト・レフラーの図版、表紙デザイン。ゲルラッハ&ヴィートリンク出版(ウィーン)制作年:1903年頃 技 法:本
カテゴリー:作品
大下藤次郎とは?【 作家名 】 東京都に生まれる。1891年中丸精十郎の画塾に入門し、眞野紀太郎、三宅克己らと知り合う。1893年明治美術会の会員となる。1898年オーストラリアに旅行。1901年太平洋画会の創設に参加。翌年渡米してボストンで水彩画展を開催し、1905年、水彩画の研究団体春鳥会をおこし、機関誌として『みづゑ』を創刊。翌年、丸山晩霞、眞野紀太郎らとともに水彩画講習所を開設。1907年、講習所を移転新築して新たに日本水彩画会研究所を設立。太平洋画会、文展に水彩画を出品し、水彩画の普及につとめる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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