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でぃふれっひぇ だい2かん 「ディ・フレッヒェ 第2巻」 作家名:資料(ウィーンの夢と憧れ−世紀末のグラフィック・アート) 計2冊、各冊に16点(含、ポスターデザイン25点)、オリジナルクロス装、ディ・フレッヒェ II のシリーズ一式、(絶版)。ベルトルト・レフラー派の一作家の多色石版画。アントン・シュロール出版(ウィーン)。制作年:1910年 技 法:本
カテゴリー:作品
ルペールとは?【 作家名 】 父、フランソワの下で修業を積み、幼いルペールは13歳で『マガザン・ピトレスク』誌や『イリュストラシオン』誌のために挿絵を描き始めた。1879年以後、木版工房を設立したが、1885年にオリジナル版画をつくることに専念した。ルペールは木版画の復興に力となって、日本から学んだ板目木版の技法や水性インクの使用法を開発した。彼の作品を通してシャルル・モーラン、アンリ・ゲラール、アンリ・リヴィエールなどの芸術家たちがその技術を取り入れた。ルペールは1888年に『エスタンプ・オリジナル』誌を発行し、1889年には画家=版画家協会、1896年には木版画家同業協会の創立メンバーとなり、『版画(イマージュ)』誌の創刊を手伝った。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録) |
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