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でぃくう゛ぇれ だい5かん 「ディ・クヴェレ」第5巻/(自然界の諸形態) 作家名:資料(ウィーンの夢と憧れ−世紀末のグラフィック・アート) マルティン・ゲルラッハ編。カラーグラビア印刷、オリジナルクロス装ポートフォリオ。大学教官フーゴ・ヒンターベルガーが顕微鏡拡大、図版71点、写真100葉以上、写真の手際よい配列から、M.ゲルラッハが作品の芸術的構成の仕事をウィーン分離派の作家の一人に委託したと思われる。それは、その直前に同じシリーズで『平面装飾』を発表したばかりにコロマン・モーザーであったと推測できる。この魅惑的な作品−特に自然の小宇宙を写したその多種多様さにより−が分離派の作家たちに新鮮な刺激を与え得たことは、疑いない。マルティン・ゲルラッハ出版(ウィーン/ライプツィッヒ)。制作年:1901年頃 技 法:本
カテゴリー:作品
ダダとは?【 美術用語 】 第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。 |
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