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1908かれんだー 「1908年カレンダー」
多色石版画12点、カルトンに似た手漉紙に印刷、シルク装。その厳格な様式化の点でユーゲントシュティルの構成主義に組するこのカレンダーは、出版部数が少なかったために限られた小サークルにしか知られていなかったが、ウィーン分離派のブックアートの最高傑作のひとつに数えられる。ディータ・モーザー(コロマン・モーザー夫人)は、1910〜1911年のカレンダーも作った。1906年、彼女はウィーン工房のために有名なタロックカードをデザインした。ディータ・モーザーの表題扉、多色石版画。A.ベルガー刊(ウィーン)。
カテゴリー:作品
コブラとは?【 美術用語 】 1948年にアムステルダムで結成された芸術家グループ。カレル・アペル,アスガーヨルン,コルネイユらが実験美術家と称して集まったものである。コブラの名称は、結集した作家の生国が、デンマーク、ベルギー、オランダの三国にわたっていたことから、それぞれの首都のコペンハーゲン、ブリュッセル、アムステルダムの頭文字をとってコブラと称するようになった。激しい筆触、鮮やかな色彩による表現主義的な作風が共通し、また、精神障害者や子供による作品に表現の可能性を見い出し、アンフォルメルの運動とも深くかかわりながら、ヨーロッパでの第二次大戦後の新しい絵画運動の代表のひとつとなった。しかし、グループとしての活動は短命で、3回のグループ展を開催し、3年後の1951年に解散している。 |
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