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あづま けんじろう 吾妻兼治郎
1926年山形県に生まれる。1954年東京芸術大学彫刻科を卒業、56年イタリア政府給費留学生として渡伊し、国立ブレラ美術学校でマリノ・マリーニに師事、60年その助手となるが、やがて具象から抽象彫刻に作風が転じていく。1963年第5回国際彫刻コンクール(パドヴァ)で2等賞受賞、国際彫刻コンクール選抜展(スイス)でエミール・ゴダール賞受賞。1964年「MU−99」で第7回高村光太郎賞受賞。国際彫刻コンクール(モンツァ)で2等賞受賞、68年第3回彫刻コンクール(イタリア)で外国人作家賞受賞、69年第19回国際彫刻ビエンナーレ(フィレンツェ)で金賞受賞。1975年毎日芸術賞受賞。1985年〈YU〉のシリーズの制作開始。1988年吾妻兼治郎展開催(宮城県美術館他)。MUのシリーズはその作品数が既に1000を越えている。MUはいわゆる無に通じ、溝は穴を穿たれたその幾何学的なフォルムに東洋的な無常感を潜ませている。また1985年からはMU〈無〉の延長としてYU〈有〉のシリーズを発表し、新たな作風の展開をみせている。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年)2001年勲四等旭日小綬章を受章。
カテゴリー:作家
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新古典主義とは?【 美術用語 】 18世紀後半から19世紀初頭にかけてヨーロッパ中に広まった古典古代(ギリシヤ・ローマ)の復活を目指した美学上の運動や、建築、彫刻、工芸の各ジャンルにわたる美術の様式を指す。考古学的正確さへの強い感心と合理的美学に支えられた古代的モチーフの多用や、完成された表現を特徴とする。ヘルクラーネウムやポンペイの発堀、ギリシアや小アジアへの調査旅行によって、古代への関心が高まり、ヴィンケルマンが著した『ギリシア美術模倣論』などの美学上の影響によって、18世紀後半には支配的な傾向となった。代表的画家はラファエル・メングスだが、ラファエロ,コレッジオ,ティツィアーノや古代美術の作品に基づいて、グランド・マナー(大様式)と呼ばれる様式を生み出し、影響力を広げた。絵画の分野で最もすぐれた成果をみせたのはダヴィッドで、それをアングルが引き継いだ。新古典主義は、19世紀のアカデミズム芸術の基本原理として長く生き続けたが、同時に、遠い古代や異国に対する憧れと官能的なものへの傾斜により、ロマン主義芸術の先駆にもなった。 画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。 |
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