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きのうしゅぎ 機能主義
建築およびその他のデザインは、その実用性の分析と総合に即して設計すべきであり、単なる造型的な遊戯は一切排除すべきであるとする主張。旧来の様式との闘争のための理論として1920年代、30年代の近代建築運動において支配的な思潮となり、近代建築の国際的普及を助けた。この主張はゼンパーやオットー・ヴァーグナーの「芸術はただ必要のみによって支配される」という思想にはじまり、サリヴァンの「形態は機能に従う」という主張、ロースの無装飾主義などで補強され、近代建築設計の指導原理とみなされたが、同時に「機能主義そのものが近代美を生みだす」という大きな誤解を普及させ、一般建築のデザインの質を低下させるとともに、しばしば経済主義にすりかえられる弊害も生じた。
カテゴリー:美術用語
カンディンスキーとは?【 作家名 】 1866年ロシアに生まれる。1944年没する。モスクワ大学で法律と国民経済学を研究したが、1896年ミュンヘンに移ってシュトゥックについて絵を学び、ユーゲントシュティール、印象主義、ロシア民芸の影響がつよい作品を制作した。1909年「新芸術家協会」を設立。翌年水彩画による最初の抽象画を制作。この頃『芸術における精神的なもの』を執筆。1912年『ブラウエ・ライター(青騎士)』誌を刊行。1914年ロシアに帰り、革命後モスクワ大学教授となる。1921年ドイツに戻り、1922年から33年までバウハウスで教鞭をとった。1933年パリに亡命。作風は、1910年代は激しい色と形による「ドラマティックな時代」、20年代は「コンポジション時代」から「円の時代」へと移行し、晩年は「具体芸術の時代」へと展開した。ミュンヘンのレンバッハ画廊、パリのポンピドゥ・センター、ニューヨークのグッゲンハイム美術館に主なコレクションがある。抽象絵画の創始者として、20世紀美術にかけがえのない足跡を残した。 |
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