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くらふと クラフト
クラフトのもともとの意味は「技術」で、その後、技の巧みさから生み出される手工芸品、あるいは工芸や民芸といったものを指すようになった。西洋では、近代の産業革命以降、機械による大量の製品が生産されたもののその品質は粗悪で、雑なものであった。そこで、伝統の技を身につけた人の手によって生み出される、良質の工芸品が見直されるようになった。ウィリアム・モリスを中心とするアーツ・アンド・クラフツ運動は、この時期に起こったもので、日常生活で用いられる調度品などに、手仕事のよさを活かした様々な手工芸品が提供されるようになった。とりわけ、北欧のクラフトは質もよく、美しいデザインで、第二次世界大戦後のグッドデザインの運動に大きな影響を与え、使用の便を考慮したうえに、なおかつ見た目に美しい量産製品を数多く生み出す手本となった。
カテゴリー:美術用語
吉田博とは?【 作家名 】 福岡県に生まれる。1887年に中学修猷館に入学。1893年京都に上り、田村宗立に師事。翌年上京して小山正太郎の不同舎に入り、のち明治美術会に加わる。1899年渡米。デトロイト美術館で「日本画家水彩画展」を開き、翌年パリ万国博覧会に出品して褒状を受ける。1901年帰国。翌年太平洋画会の創立に参加し、1903年には再渡米。第1回文展で3等賞、第2回文展、第3回文展でそれぞれ2等賞を受賞。第4回以後しばしば審査会をつとめる。1947年太平洋画会会長となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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