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そびょう 素描
紙などの表面に、人物・風景などを、単色の線で描き出したもの。陰影や色彩がつけられる場合もあるが、主体は線描である。用具としては、チョーク、クレヨン、木炭、メタル・ポイント・ペン・鉛筆などがある。制作の目的ないし動機により、クロッキー,スケッチ、エスキース,下絵、エボーシュ、カルトン,エテュードなどの名称で呼ばれるが、いずれにせよ本来絵画や図案を描くといった創作のための予備的、準備的段階の産物であり、ギリシア・ローマの時代から言い続けられてきたように、建築、彫刻、絵画をはじめ工芸類を含むあらゆる造形の基礎となるものである。造形教育の手段としてもその効用は認められている。しかし、近代ではその特有の芸術的価値が認識され、素描自体を目的とする作品が現われて、独立した絵画の一分野としてみなされるようになっている。20世紀のものでは、瀟洒さと的確さで知られるマチスや、ゆるぎない形と創意に満ちたピカソのものが有名である。なお、素描とドローイングなどにはニュアンスの相違があるが、普通はフランス語のデッサンとほぼ同義に用いられている。
カテゴリー:美術用語
ハンス・リヒターとは?【 作家名 】 1888年、ドイツに生まれる。1908年から09年にかけて、ベルリンの美術アカデミーとヴァイマルの美術学校で学ぶ。「シュトゥルム」や「アクツィオーン」などのグループを通じて、ドイツ表現主義を知る。第一次世界大戦中は従軍するが、1916年に負傷して除隊、チューリッヒにて、ツァラやアルプらと共にチューリッヒ・ダダを始める。1919年、ベルリンに戻り、絵画の音楽化を目指して、21年に最初の抽象映画〈リズム21〉を制作する。この後、ガボ、リシツキーらロシア構成主義者やモンドリアン、ドゥースブルフらザ・スティルの人々と交流を深める。形と色という基本要素をもとにした抽象的な作品を制作する一方で、盛んに映画制作に取り組む。1926年の〈映画研究〉、27年、最初のシュルレアリスム映画の一つといわれる〈午前の幽霊〉などが有名である。ナチスの台頭と共に1931年、早々とドイツを逃れ、主としてフランスとスイスに住む。1941年、自由な制作を求め、アメリカに亡命する。翌年にはニューヨーク市立大学の映画研究所の所長に迎えられた。1944年から47年にかけて映画〈金で買える夢〉をエルンストらの協力により制作した。(「亡命者の奇跡 アメリカに渡った芸術家たち」図録 1993年) |
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