![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
だだ ダダ
第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。
カテゴリー:美術用語
マイヤーとは?【 作家名 】 1889年、バーゼルに生まれる。1909年、ベルリンで都市計画を学ぶ。1912−13年、イギリスでガーデン・シティーの研究に携わる。1927年、バウハウスに新設された建築科に招かれ、指導を行う。1928−30年、バウハウスの学長として新しいカリキュラムを編成する。都市計画の講座を開設。1930−36年、ソ連の都市計画に携わる。1940−49年、メキシコに移住。1954年、スイスのクロシフィッソで死去。(「バウハウス展−ガラスのユートピア」図録 2000年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||