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ばうはうす バウハウス
1920年代のドイツで近代デザインの中心地となった建築と応用美術のための学校。デザインと工業技術の間に橋をかける重要な役割をはたした。1933年にナチスの圧力で解散してから教授陣と学生が各地に移住したため、バウハウスの理念は多くの国々に広められ、1930年代と40年代における近代主義のシンボルともいえる存在となった。バウハウスの創設は、1919年に、旧ヴァイマール美術アカデミーとヴァイマール美術工芸学校がグロピウスによりひとつにまとめられたことに始まる。グロピウスの最初の思想は、すべてを包含する近代的で構成的な芸術を実現して、モニュメンタルな要素と装飾的な要素の分離をなくそうとするものであったが、さらに1923年には、工業的大量生産用のデザインを行う工芸家が重要であるとした。このため、バウハウスは産業界と密接に関係を持ち、多くの製品を生み出した。その特徴は非個人的で幾何学的で厳格なことであり、むだを省き素材を研究し、洗練された形を持っており、ヨーロッパの建築・応用美術に大きな影響を与えた。
カテゴリー:美術用語
レジェとは?【 作家名 】 1881年フランスに生まれる。1955年没する。1897年から98年にかけてフランスのカンで建築を学び、1900年から02年まで建築の製図工としてパリで働く。1903年から装飾美術学校とアカデミー・ジュリアンで学び、エコール・デ・ボザールにも出入りする。印象派、セザンヌとその興味の対象を変えながら、1910年からはキュビスムや未来派に刺激される。キュビスムのグループに加わり、1913年にはアメリカで行われたアーモリー・ショウに作品が展示される。第一次世界大戦中1914年から17年、従軍。そのときに見た、日光の下でまぶしく光る銃や剥き出しになった金属が放つ魔法のような輝きに強い印象を受ける。この視覚的な体験を基に、除隊後はそのような機械のイメージを作品に取り入れるようになる。また1920年代には人体にも興味をひかれ、機械と人体をモチーフにして制作。これは抽象につながる近代的な表現であったが、その源はフランスの古典主義におけるバランスのとれた構成にあると言われる。1924年には映画にも取り組み〈バレエ・メカニック〉を発表する。1940年から45年にかけてアメリカに亡命し、戦後パリに戻った。(「亡命者の奇跡 アメリカに渡った芸術家たち」図録 1993年) |
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