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無題



無題



無題



無題



無題



無題



無題



無題



無題:水中の岩



無題 #123



無題:プール



無題 I



無題 II



無題 IV



無題



無題(頭蓋骨)



ムッヘ



棟方志功



「ムニエ・チョコレート」



無人間時代をこえる人間の象徴(オートメーション)


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 作家(1701)

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もくた たけを

杢田たけを

1910年兵庫県に生まれる。1987年没する。日本画家であった祖父(僧侶)の影響で幼少より絵を描き、画家を志す。1928年から29年まで、小泉勝爾に日本画を学ぶ。1930年洋画に転向。鉄による造形を試みる。1935年第5回独立展に〈鉄屑等ある風景〉で初入選し、以後第7回展を除いて毎回出品する。須田国太郎に師事する。1947年独立展で独立賞受賞。1949年独立美術協会会員推挙。1953年東京へ転居する。1953年から61年まで、日本国際美術展(東京都美術館)に出品。1954年から66年まで、現代日本美術展に出品。1960年代半ばより、板、布、金属などの廃材を使用したアッサンブラージュを制作する。1967年現代日本作家展(ロシクルーシャン美術館、サンフランシスコ)に出品。1974年現代日本美術選抜展(栃木県立美術館)出品。1984年「今日の造形木と紙」展(岐阜県美術館)出品。1985年「絵画と彫刻の間」展(北海道立旭川美術館)出品。1987年東京都で死去し、翌87年、遺作が練馬区立美術館で特別陳列される。


カテゴリー:作家
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小川芋銭とは?【 作家名 】

1868年江戸赤坂溜池の牛久藩邸に、留守居役小川伝右衛門の長男として生まれる。幼名不動太郎、のち茂吉と改める。はじめ油彩画を本多錦吉郎に学ぶ。1888年(明治21)「朝野新聞」の客員となり、同紙に帝国議会開設のスケッチや漫画を発表した。この時から芋銭の号を用いはじめる。1893年廃藩置県で牛久に帰農していた一家のもとに帰り、農業に従事しながら制作を行った。「茨城日報」「いはらき新聞」に投稿、1911年小杉未醒と漫画展を開催した。1915年(大正4)平福百穂川端龍子森田恒友らと日本画研究団体、珊湖会を結成、1917年には日本美術院の同人となる。以後院展を中心に、沼畔や田園に題材を取った作品を発表した。明治後期に幸徳秋水などと交流し、平民主義の影響を受ける一方、老荘の思想に通じ、書や俳諧もよくした。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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