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ぽっぷ・あーと ポップ・アート
ポピュラー・アート(大衆芸術)に由来する言葉で、1950年代後半以降、とくに1960年代にイギリス、アメリカで盛んになった現代芸術の最も特徴的な動向のひとつ。イギリスでは、1952〜55年にロンドンのICA(現代芸術研究所)に集まったインディペンデント・グループの中で理論化され、メンバーの批評家ローレンス・アロウェイがポップという言葉を用い始めた。マスメディアや広告に関心を示し、アメリカの大衆文化の影響を受け、伝統や既成の権威への反発、ハイ・カルチャーとサブ・カルチャーの区別を取り払ったことなどが特徴としてあげられ、リチャード・ハミルトンやキタイ、ホックニーなどの作家がいる。アメリカでは、抽象表現主義に反発する風潮の中で現れ、ジャスパー・ジョーンズとロバート・ラウシェンバーグが先駆者としてあげられる。ありふれたイメージやキッチュを用い、また、ダダに根ざしていたため、しばしばネオ・ダダとも呼ばれる。大衆社会のマス・メディアや大量生産消費社会に関心を持ち、ここからアセンブリッジ芸術やハプニングが派生している。
カテゴリー:美術用語
結城正明とは?【 作家名 】 越中(現富山県)富山に金沢藩士の子として生まれる。安政年間に江戸に出て、木挽町狩野家の狩野雅信に入門する。狩野芳崖、橋本雅邦、木村立嶽は同門。万延年間の江戸城本丸御殿再建に際して、雅信のもとで障壁画等の制作にたずさわった。明治維新後、狩野派の苦境から一時会計事務の仕事などを行うが、銅版画を学びはじめ、明治10年(1877)の第一回内国勧業博覧会では銅版画で受賞した。この頃、銅版画地図の制作にもあたる。明治17年(1884)に結成された鑑画会に加わり、翌年の第一回展に出品。東京美術学校が開設されると日本画科教官となり、明治24年(1891)助教授。自宅の画塾では、美術学校へ入る前の横山大観、菱田春草を指導した。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年) |
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