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みくすと めでぃあ ミクスト・メディア
メディアを混用すること。つまり、現代美術において、性質、種類の異なる複数の素材を組み合わせて作品をつくる技法をいう。素材が異なるため、その素材を用いての表現の手段も異なる。素材を作品に結びつける手段が混用されるため、作品の中には各々の素材の質感がもりこまれて、表現の幅が広がる。アッサンブラージュなども含まれており、現代美術においてはすっかり定着している。また、広義には、複数の表現形式、ジャンルを組み合わせた表現をさすこともある。例えば、絵画と音楽、彫刻と音楽あるいは舞踊などを一つにした表現などで、この意味では、マルチ・メディア(multimedia)ともよばれ、総合的な芸術表現としてよく知られる。
カテゴリー:美術用語
ラスケとは?【 作家名 】 1892年から1898年、ウィーン工科大学でカール・キューニッヒに師事。1897年、イタリアに研究旅行。1899年から1901年、ウィーン美術アカデミーでオットー・ヴァーグナーに師事。建築ディレクター、ヘルマン・ミュラーのもとで実践を積む。最初は父親のアトリエで、後に独立して、賃貸住宅やウィーンの邸宅、とりわけ、ケルンテン、ドレスデン、メーレンのエンゲル薬局、などの建築に従事。キャバレー「ナッハトリヒト(常夜灯)」の内装と装飾。1904年、はじめてエッチングを試みる。1905年、ユングブント展に造形作家として参加、その際、室内デザインにも従事する。1907年、ハーゲンブントのメンバーになる。多くの展覧会設備のデザインを請負う。1910年、「ノアの箱舟」、1913年、「パラダイス」、「小鳥のお説教」。1911年から1918年、頻繁に旅行をする。第一次世界大戦の際には、戦争画家として様々な戦線に赴く。1919年、「ノアの箱舟」のフリーズ(壁面上部の帯状装飾)、エッチング「ファースト・インプレッション」。1920年、初めて劇場の演出を試みる。1924年、ウィーン分離派メンバー。1928年、ウィーン紙大賞を受賞。キュンストラーハウスのメンバーとなる。ウィーン市から1931年、1948年に受賞。トーマス・マン、ヨハン・ネポムック・ネストロイ、フェルディナンド・ライムンド、アルトゥール・シュニッツラーらの作品のリトグラフと本の挿絵を制作。 |
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