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むーう゛まん ムーヴマン
造形芸術において表現される運動、動き。運動しつつある対象を描写する場合と、表現の形式そのものによって運動の印象を喚起する場合とに分けて考えることができる。一般に絵画や彫刻においては、運動の時間的経過は表現できないので、その前後の段階を暗示するような特殊な瞬間を捉えて表現を行っている。この瞬間は、効果的瞬間とか含蓄多き瞬間とか呼ばれている。ここでは、線やタッチ(筆触)の持っている方向性や速度感、色彩の混淆に伴う流動感、動的な構図や構成、さらにはマッス(量塊)の処理などの形式的要素によって運動の印象が喚起されている。しかし、これとは別に、未来派の芸術家は、運動している対象の時間的変異を同一場面に重ねあわせたり(これによると足が扇形に何本もあったりする)、運動体の軌道を形象化したりする(これによると、腕を振った場面は、振り始めと振り終りを両端とした面でその部分が表現される)などの特殊な表現方法を試みている。
カテゴリー:美術用語
レジェとは?【 作家名 】 1881年フランスに生まれる。1955年没する。1897年から98年にかけてフランスのカンで建築を学び、1900年から02年まで建築の製図工としてパリで働く。1903年から装飾美術学校とアカデミー・ジュリアンで学び、エコール・デ・ボザールにも出入りする。印象派、セザンヌとその興味の対象を変えながら、1910年からはキュビスムや未来派に刺激される。キュビスムのグループに加わり、1913年にはアメリカで行われたアーモリー・ショウに作品が展示される。第一次世界大戦中1914年から17年、従軍。そのときに見た、日光の下でまぶしく光る銃や剥き出しになった金属が放つ魔法のような輝きに強い印象を受ける。この視覚的な体験を基に、除隊後はそのような機械のイメージを作品に取り入れるようになる。また1920年代には人体にも興味をひかれ、機械と人体をモチーフにして制作。これは抽象につながる近代的な表現であったが、その源はフランスの古典主義におけるバランスのとれた構成にあると言われる。1924年には映画にも取り組み〈バレエ・メカニック〉を発表する。1940年から45年にかけてアメリカに亡命し、戦後パリに戻った。(「亡命者の奇跡 アメリカに渡った芸術家たち」図録 1993年) |
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