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むーう゛まん ムーヴマン
造形芸術において表現される運動、動き。運動しつつある対象を描写する場合と、表現の形式そのものによって運動の印象を喚起する場合とに分けて考えることができる。一般に絵画や彫刻においては、運動の時間的経過は表現できないので、その前後の段階を暗示するような特殊な瞬間を捉えて表現を行っている。この瞬間は、効果的瞬間とか含蓄多き瞬間とか呼ばれている。ここでは、線やタッチ(筆触)の持っている方向性や速度感、色彩の混淆に伴う流動感、動的な構図や構成、さらにはマッス(量塊)の処理などの形式的要素によって運動の印象が喚起されている。しかし、これとは別に、未来派の芸術家は、運動している対象の時間的変異を同一場面に重ねあわせたり(これによると足が扇形に何本もあったりする)、運動体の軌道を形象化したりする(これによると、腕を振った場面は、振り始めと振り終りを両端とした面でその部分が表現される)などの特殊な表現方法を試みている。
カテゴリー:美術用語
丸山晩霞とは?【 作家名 】 長野県に生まれる。本名は健作。1884年上京し、勧画学舎に学ぶが1年足らずで帰郷。1888年再び上京し、本多錦吉郎の彰枝堂に学ぶ。1890年、第3回内国博覧会に油彩画を出品。1895年、吉田博と出会い、水彩画に興味を抱く。1990年満谷国四郎、河合新蔵らと渡米。その後ヨーロッパを巡って翌年帰国。太平洋画会の創立に参加。大下藤次郎らと水彩画講習所を開き、さらに日本水彩画会研究所へと発展させた。1911年再渡欧。1913年に日本水彩画会の創立に参加。評議員となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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