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もだん あーと モダン・アート
「近代芸術」の意味。内容的には近代における美術を指すのではなく、印象派以降、あるいはセザンヌ以降、または主として20世紀に入ってから第二次大戦前までに生まれた新しい美術の諸流派、諸動向を総括的にいう。最も狭くとった場合には、戦前のアヴァン=ギャルド(前衛芸術)を指す場合もある。反自然主義を特徴とし、一方で人間の内面を探求する方向、他方で都市生活や工業社会にあった新しい造形を意図する方向がある。これは、その根底に、個人の統一感と社会との調和関係が崩壊し、19世紀までの美術観では対応できなくなったという危機感がある。ダダに見られる全否定的な態度、シュルレアリスムの主張する人間の全面的な解放、新造形主義や構成主義にみられる美術と生活環境の一体化などは、この危機感を克服するためのさまざまな試み、方向と考えられる。モダン・アートという用語は、様式上の新しさをいうために用いられることが多いが、新しさへの関心のみに限定するのは一面的であるといえる。
カテゴリー:美術用語
戸張孤雁とは?【 作家名 】 1882年東京に生まれる。1901年洋画研究のため渡米し、06年に帰国する。1910年太平洋画会研究所彫塑部に入門し、同年第4回文展に「をなご」を出品する。1916年再興第3回院展に「ムスメ」「若き男の像」他を出品する。1917年には日本美術院同人となる。1927年東京で死去。アメリカで苦学をしながら、洋画、デッサンを学んでいた戸張は、ニューヨークのナショナル・アカデミーで荻原守衛と知り合ったことで、彫刻家への道を進むことになる。ロダンの作品からも多大な影響を受け、生命感にあふれた大胆なデフォルマシォンを特徴とする象徴性の高い作品を制作した。また版画家としても活躍し、1919年には山本鼎、織田一磨らと日本創作版画協会を創立し、「創作版画と版画のつくり方」を刊行した。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年) |
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