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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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しらが かずお

白髪一雄

1924年兵庫県に生まれる。2008年没する。1942年京都市立絵画専門学校日本画科に入学。1942年京都市立絵画専門学校日本画予科に入学。1944年から翌年まで徴兵を受け、終戦後復員した後、肺炎リューマチにより約一年間自宅で療養。この頃、外山卯三郎の『二十世紀絵画大観』『純粋絵画論』等の著作を読み、啓発される。1948年同校絵画科を卒業し、大阪市立美術研究所に通う。1952年「0会」の結成に参加、54年の同会展に足を用いて描く作品を、初めて発表。また同年、吉原治良を中心に結成された具体美術協会の会員となり、1972年の解散まで参加する。1971年比叡山延暦寺で修業し僧となる。1958年「新しい絵画−アンフォルメルと具体−」展、65年アメリカを巡回した「日本の新しい絵画と彫刻」展、86年ポンピドゥ・センター主催の「日本の前衛1910−70」展ほか、数多くの企画展に出品され、日本の抽象絵画を代表する作家として評価されている。1989年尼崎市総合文化センターで回顧展が開かれた。


カテゴリー:作家
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ドランとは?【 作家名 】

フランス、シャトゥーに生まれる。アカデミー・カリエールやアカデミー・ジュリアンで学ぶ。マティスとは旧知の間柄。1900年ヴラマンクと知り合い共同のアトリエで制作する。1905年夏のマティスとの共同製作を経て、その秋、フォーヴィスムの名称がおこったさとれるサロン・ドトンヌに出品する。1907年ピカソブラックらとの交流を通じて、キュビスムや黒人彫刻の影響を受ける。その後セザンヌの作風に近づくが、1911年以降はルネサンスの影響を受ける。また、1920年ごろからは、ドラクロワロマン主義コロークールベらの写実主義を折衷した、新古典主義風の独自の作風を確立する。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年)

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