ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


シンプソン



新町橋渡初図



新レフ 1-12号(1927年)、1-12号(1928年)



シーガル



シーソー1



シーレ



ジ・エイト



じえすちーぬ



自画像



直原玉青



ジグザグ・ベビーチェア



ジゴマ



自作前の自画像(6)



版画集〈実現していないプロジェクト〉a.梱包されたホイットニー美術館



自転車タイヤ「ミシュラン」



自転車の子供用サドル



自転車乗り



自転車「ロワイヤル=ファブリク」



自動車「シトロエン」



自動車「ビュイック」


<前 (77/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


しらが かずお

白髪一雄

1924年兵庫県に生まれる。2008年没する。1942年京都市立絵画専門学校日本画科に入学。1942年京都市立絵画専門学校日本画予科に入学。1944年から翌年まで徴兵を受け、終戦後復員した後、肺炎リューマチにより約一年間自宅で療養。この頃、外山卯三郎の『二十世紀絵画大観』『純粋絵画論』等の著作を読み、啓発される。1948年同校絵画科を卒業し、大阪市立美術研究所に通う。1952年「0会」の結成に参加、54年の同会展に足を用いて描く作品を、初めて発表。また同年、吉原治良を中心に結成された具体美術協会の会員となり、1972年の解散まで参加する。1971年比叡山延暦寺で修業し僧となる。1958年「新しい絵画−アンフォルメルと具体−」展、65年アメリカを巡回した「日本の新しい絵画と彫刻」展、86年ポンピドゥ・センター主催の「日本の前衛1910−70」展ほか、数多くの企画展に出品され、日本の抽象絵画を代表する作家として評価されている。1989年尼崎市総合文化センターで回顧展が開かれた。


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

山本鼎とは?【 作家名 】

1882年愛知県に生まれる。1906年東京美術学校西洋画科選科を卒業し、翌年石井柏亭、小林未星らと雑誌『方寸』を創刊する。1912年渡欧、1916年帰国、翌年日本美術院洋画部同人となる。1918年戸張孤雁と日本創作版画協会を創立して創作版画の発展につくし、翌年長野県小県郡神川村に日本農民美術研究所を設立。また自由画運動を推進するなど多方面に功積を残した。1920年日本美術院を脱退、翌年自由学園美術部教授となる。1922年春陽会創立に参加して会員となったが、1935年帝国美術院参与に推されて春陽会を脱会するが、1943年春陽会に復帰。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

山本鼎

キーワードを含む記事
9件見つかりました。

  女の顔

  倉田白羊

  木口木版

  坂本繁二郎

  戸張孤雁

  松本旻

  村山槐多

  森田恒友

  山本鼎


<前   次>

徳島県立近代美術館2006