ぐるぐるアートワード
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「3人のシュルレアリスト ルネ・マグリット マン・レイ イヴ・タンギー」展



3本の糸のエッチング



301-B



302-B



303-W



304-B



312-B



321-B



323-B



333-B



6人掛け手押し車



<メタモルフォーズ> 三人の男の頭



「A. コーピッシュ精選詩集」/(『ゲルラッハ・ユーゲントビューヒェライ』第13号)



「A. ハーゼ家(プラハ1、アナホーフ)」記念刊行物



Abeceda



ECHO 1-100



ET 62



ID



Iron Book A. 旋回する熱-右手



Iron Book B. 塩の線


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かわい ぎょくどう

川合玉堂

1873年愛知県に生まれる。1957年没する。本名芳三郎。京都に出て、望月玉泉に師事。玉舟の号を与えられた。明治23年(1890)第三回内国勧業博覧会に出品する際、玉堂と改号。同年、玉泉の許可を得て幸野楳嶺の画塾に移った。竹内栖鳳菊池芳文は同門。楳嶺の没後、明治29年(1896)に上京し、橋本雅邦に入門。日本美術院の創立に際して、師の雅邦とともに参加。受賞を重ねた。文展が開設されると審査員をつとめ、以後同展を中心に活躍した。東京美術学校教授、帝室技芸員、帝国美術院会員、帝国芸術院会員、日本芸術院会員を歴任。昭和15年(1940)には文化勲章を受賞した。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)


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望月玉泉とは?【 作家名 】

京都に生まれる。祖父玉仙、父玉川ともに望月派を継ぐ画家で、父に学び、その没後家督を継いだ。本名重岑、字は主一、通称駿三。安政年間の御所再建に際して襖絵を制作。京都府画学校設立の運動に参加し、明治13年(1880)に同校が開設されると東宗(日本の写生画、大和絵など)の副教員となる。また、明治15年(1882)の第一回内国絵画共進会で褒状を得るなど、同展や内国勧業博覧会などで受賞を重ねた。明治22年(1889)パリ万国博覧会や同26年(1893)のシカゴ万国博覧会でも受賞。明治37年(1904)帝室技芸員となった。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)

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