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こむらせったい 小村雪岱
埼玉県に生まれる。本名は安並泰輔。荒木寛塾を経て、1908年東京美術学校日本画科を卒業。在学中下村観山に、のち松岡映丘に師事する。1908年から10年まで国華社に勤務、古画の模写にたずさわり風俗考証にも通じる。1922年時事新報に連載された里見?クの「多情多心」をはじめ多くの挿絵を手がけ、33年朝日新聞に連載された邦枝完二作「おせん」の挿絵は、流麗な線描と斬新な構図が粋な江戸情緒によく合い、幅広い人気を得る。1924年からは歌舞伎などの舞台装飾や衣装デザインも手がけ、「藤娘」の舞台装置はその代表作として知られる。1934年松岡映丘の主宰する国画院の同人となり、女性風俗の描写に独自の画風を示す。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年)
カテゴリー:作家
リストとは?【 作家名 】 1885年から1889年、ウィーン美術アカデミーでクリスティアン・グリーペンケールに師事、その後、ミュンヒェン美術アカデミーでルートヴィッヒ・フォン・レフツおよびパウル・ヘッカーに師事。さらに、パリで学ぶ。1897年、ウィーン分離派の創設に参加。1898年、分離派の展覧会およびカタログ制作の参加。「ヴェル・サクルム」に多数の作品を発表、寄稿。同誌の編集責任者も務める。クリムトグループと共に分離派を脱退した後、1908年から1909年、クンストシャウに参加。 |
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