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ロンゲイユ



ロンゴ



ロンド



ロンドシャ



倫敦/香港 1980



ロース



ローズマリーの揺りかご



ローズ・セラヴィの肖像



ローゼンクイスト



ロート



『ロートレアモン全集』



ローランサン



ローランス



ローリンズプラスコス



ロールダーズ



ワイエス



ワイヤーマン



ワイン



若い婦人の肖像



若い婦人の肖像


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 作家(1701)

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さいとうより

斎藤与里

1885年、埼玉県に生まれる。本名は与里治。20歳の時洋画を志して京都に出て、鹿子木孟郎の紹介で浅井忠の聖護院洋画研究所に学ぶ。1906年鹿子木に従ってフランスに渡り、10年まで滞在。アカデミー・ジュリアンでジャン・ポール・ローランスの指導を受け、次いでランソンの画塾に学ぶ。帰国後制作と文筆活動を通じて後期印象派を紹介する。1912年高村光太郎岸田劉生らとヒュウザン会を結成、明治末から大正期の洋画の進展に大きな役割を果たす。1915年以後文展に出品、16年の第10回展で特選を受賞する。1919年大阪美術学校を創立。1924年槐樹社の結成に参加し、雑誌「美術新論」の主幹として活躍。1932年東光会を組織する。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年)


カテゴリー:作家
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米原雲海とは?【 作家名 】

1869年島根県安来市に生まれる。初めは建築彫刻を学び、大工となるが、京都や奈良の仏像に感化されて彫刻を志すようになる。1890年上京し、高村光雲に師事する。のちには、師光雲が息子光太郎の指導を雲海に頼んだといわれるほどの抜群の刀技で知られる。1895年第4回内国勧業博覧会で「軍鶏」が妙技3等賞受賞。同年より1897年まで東京美術学校雇となる。1907年平櫛田中らと日本彫刻会を結成。この年第1回文展で「神来」が3等賞を受賞、以後受賞を重ねる。1910年文展審査員となる。1913年から19年まで、長野県善光寺の仁王像の制作に従事。1920年明治神宮造営にあたり、内殿に安置される狛犬を制作。1925年東京で死去。伝統の技だけに甘んじることなく、三角比例コンパスの技術を修得し、「ジェンナー像」という作品に結実させた。あるいは中国の仙人が用いる不老不死の霊薬といわれる仙丹を持つ童女は、理想の姿といわれているが、これを小品ながらも木肌をなめらかに仕上げた「仙丹」は秀作である。一方「旅人」は面を生かした、軽快な感じを与える作品となっている。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年)

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