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えのくら こうじ 榎倉康二
1942年東京都に生まれる。1977年没する。1968年東京芸術大学大学院油画科を修了。1971年第7回パリ青年ビエンナーレで、二本の松の木の間にコンクリートを塗りこめた壁を築くなどの試みをおこない、フランス滞在給付賞を受賞、翌年から2年間フランスに滞在する。1979年第11回東京国際版画ビエンナーレで東京都美術鑑賞を受賞。1970年現代美術の動向展(京都国立近代美術館)、76年第2回シドニー・ビエンナーレ、86年アジア国際美術展(ソウル)などに出品する。近年は、いくつかの部分を縫い合わせたキャンバスに黒の塗料を置いた作品を制作、光沢のある塗料のマチエールと縫い目で引き締めた画面構成は、力強さと緊迫感をみせている。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年)
カテゴリー:作家
五姓田義松とは?【 作家名 】 1855年東京都に生まれる。チャールズ・ワーグマンに入門。1874年横浜から東京に移り、家塾を開く。1876年工部美術学校に入学し、フォンタネージの指導を受ける。翌年工部美術学校退学。同年の第1回内国勧業博覧会に出品し鳳紋賞を受ける。1880年渡仏。フランスでレオン・ボナに師事する。1882年パリのサロンに入選。翌年にも再び入選する。1887年ロンドンに移り、その後アメリカに渡る。1889年帰国し、明治美術会の結成に参加。1890年父芳柳と共にアメリカへ行く。同年帰国。また、この年の明治美術会第2回展に出品。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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