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ふくだ しんのすけ 福田新之助
1959年、大阪に生まれる。1982年、大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業。同年から90年まで、関西の若手作家によるグループ展「イエス・アート」を企画、出品する。1986年「ART NOW ’86」(兵庫県立近代美術館)、翌87年「ARTISTS NETWORK EXPANDED 1987」(福岡県立美術館)に出品。1991年、大久保英治、三村逸子らと芸術家集団「クンスト・クラフト・クルップ」を結成する。1992年から、その土地の写真と土を焼いた作品の制作を始める。徳島県立近代美術館では、1995年「50年後−彼らはなぜ戦争を表現するのか」にて作品を展覧した。現在、奈良県在住。
カテゴリー:作家
三宅克己とは?【 作家名 】 1874年徳島県に生まれ、1954年に没した。旧徳島藩江戸留守居役だった父が、蜂須賀家の養育係となったため、6歳のとき家族で東京に移住。近所には、洋画家・高橋由一の画塾があり、絵に関心をもつようになったと言われている。大野(曽山)幸彦、原田直次郎に洋画を学ぶが、来日中のイギリス人画家ジョン・ヴァーリー(バーレイ)の水彩画に感動し、水彩画家を目指すようになった。1897年、アメリカに渡り、一時イェール大学付属美術学校でも学んでいる。翌年ロンドンに移り、フランスやベルギーを経て帰国。その後、日本各地はもちろん、ヨーロッパ、アメリカ、中国へたびたび出かけ、風景画を描き続けた。1899年白馬会会員。同会の解散後は、光風会の創立に参加。1907年に文展(文部省美術展覧会)が開設されると、第一回展から出品し、以後、文展や帝展(帝国美術院美術展覧会)、新文展、戦後の日展で活躍。1915年の文展で2等賞(最高賞)を受賞。翌年から無鑑査となり、帝展、新文展では審査員もつとめた。水彩画を独立した洋画の一分野ととらえ、透明水彩の繊細な表現を追求するとともに、水彩画に関する著書を多数刊行するなど、水彩画の普及に尽力した。昭和初期には、写真に関する啓蒙書も執筆。晩年の1951年、日本芸術院恩賜賞を受賞している。 |
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