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こうだ しゅんこう 幸田春耕
1897年徳島県に生まれる。1976年没する。本名は賢。春耕と号した。生地は、現在の徳島市国府町(旧名西郡入田村)。鍾馗の絵を得意としていた父の手ほどきを受けた後、京都に出て日本画を学ぶ。1919(大正8)年山元春挙に師事し、1934(昭和9)年には、京都市立絵画専門学校を卒業。師の山元春挙が没した後は、池田遥邨の主宰する画塾、青塔社に入った。1928(昭和3)年の第9回帝展(帝国美術院美術展覧会)に〈軍鶏〉が入選したのを皮切りに、第10回、第11回、第12回、第15回展に出品。また、1941(昭和16)年の第4回新文展(文部省美術展覧会)や、紀元2600年奉祝展などに出品。戦後は、日展に出品した。花鳥画を主な題材として描き続けた。戦後は、〈牛の園〉(1954年)のように、絵具を厚塗りした作品も描いている。山種美術館賞展などで活躍した日本画家の幸田暁治は、春耕の息子である。
カテゴリー:作家
ビュランとは?【 美術用語 】 銅版や木口木版を彫るために用いる彫刻刀。全長約12cmの鋼鉄製の棒で、刃先は斜め45度に切断され、菱形か正方形の断面を持っている。他端から全長の3分の1の部分で折れ曲がっており、その先に木製の握りがついている。使用法は、指で先端の方向を定めながら、握りを手のひらで押し、版面に水平に近く彫り進める。刃先はV字型に版面に食い込み、明快で硬質な線が刻まれる。抵抗の大きいビュランを自在に操り、髪の毛の数分の1の線からあらゆる太さの線までを彫刻するには相当の熟練を必要とする。ビュランは、銅版画の中でも直刻法によるエングレーヴィング版画、そして木口木版画の中心工具であって、鋭い刻線によって繊細で精密な表現を可能にする。ところで、木口木版画も含めて線刻彫版画をエングレーヴィングと総称するが、またこの彫刻刀の名をとってビュランと呼ぶこともある。 |
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