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ぐるぐるもくじ


セザンヌ、救済院の礼拝堂



せせらぎ−版画集『自然の諸相』第12図



世相三題



セック



石鹸の道d)行為の断片”標的”



石鹸「モンサヴォン」(ジャン・カルリュと共作)



石膏のトルソと花



雪舟坐像



雪中孤鹿、雨中曳牛



雪中芭蕉図



雪後



背中を見せた女



せのひくいおれんじはまんなかあたり



蝉丸



セリュジェ



『セルフポートレート』



セルフポートレート



千秋万歳図



センストレム



「宣誓」に着手した時の3つの手の習作


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 作家(1701)

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ごせだほうりゅう

二世五姓田芳柳

下総国(現茨城県)に生まれる。旧姓倉持、本名子之吉。明治11年(1878)東京に出て、五姓田義松に師事。洋画を学び、2年後、義松の父芳柳の養嗣子となった。義松が留学のため渡仏した後は、ワーグマンや工部美術学校のサン・ジョヴァンニ、カペレッティに学んだ。明治14年(1881)、第二回内国勧業博覧会に出品。明治18年(1885)芳柳の号を継承。その後、第三回内国勧業博覧会で褒状を得たのをはじめ、明治美術会展や明治33年(1900)のパリ万国博覧会などに出品。パノラマ、ジオラマの制作にもたずさわった。文展の開設後は、歴史画などの依頼画を描くが、展覧会には出品しなかった。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)


カテゴリー:作家
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勝田蕉琴とは?【 作家名 】

1879年福島県に生まれる。本名良雄。はじめ会津若松の南画家野出蕉雨に学んだのち、1899年(明治32)上京、橋本雅邦に師事する。1902年に東京美術学校日本画選科に入学、1905年の卒業後、岡倉天心の推薦を受けて、タゴールの賓客としてインドに渡る。カルカッタ西北のシャンティニケトン学園で東洋画を教える一方、仏画の制作と仏教美術の研究をおこなった。1907年に帰国し、同年の第1回文展に初入選する。その後、国画玉成会にも参加する。1913年(大正2)の第7回文展で3等賞受賞、以後、官展を主な活躍の場とした。また1963年(昭和38)以降は、革新美術協会に出品した。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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