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しばた ぜしん 柴田是真
江戸両国に生まれる。幼名亀太郎、後に順造。古満寛哉に蒔絵を学び、ついで円山派の鈴木南嶺に入門する。天保元年(1830)京都に行き、南嶺に紹介された四条派の岡本豊彦に師事。天保4年(1833)南嶺から是真の号をうけた。奈良や鎌倉の寺社が伝える宝物に触れ、またその修理を通して蒔絵、漆絵の技量を磨いた。明治維新後は、ウィーン、フィラデルフィア、パリで開催された万国博覧会や内国勧業博覧会、内国絵画共進会などで受賞を重ねた。明治12年(1879)龍池会の設立に尽力し、翌年帝室技芸員。明治24年(1891)には日本漆芸会の創立に参加した。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)
カテゴリー:作家
ダダとは?【 美術用語 】 第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。 |
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