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しのみや きんいち 四宮金一
1938年香川県に生まれる。1964年に第8回シェル美術賞展佳作賞、65年には香川県展第30回記念賞、68年には四国現代美術展大賞を受賞する。1977年には奨学金を受けてニューヨークに渡り、ブルックリン・ミュージアム・アート・スクールに学ぶ。1982年には日本国際美術展大賞、同年、エンバ美術賞展、国立国際美術館賞、84年には日仏現代美術展大賞、85年にはジャパン・エンバ大賞を受賞した。彼が描く空間は、変形キャンバスと、歪曲された遠近法によってその方向感覚が失われてしまっている。また、まるで紙の端がめくれ上がったような表現は、虚構性を強調しており、陰影表現にしても、どちらが実物でどちらがシルエットなのかあいまいである。それは単なる視覚的な遊びではなく、実在と非実在の葛藤が、無機的な様相をとって、現れたものなのである。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)
カテゴリー:作家
ダダとは?【 美術用語 】 第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。 |
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