ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


体育教室



タイガー V



太閤名将図



大聖像



大西洋横断



退廃芸術



大木



タイポグラフィ



Time to Fly



太陽と月を収めて



タイルの壁にもたれる東洋の女



対話



高井貞二



高岡何有



高尾晩秋図



鷹狩図



鷹狩図



高木勇



高木聖鶴



高久靄?


<前 (1/21ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


こばやしまんご

小林萬吾

香川県三豊郡詫間町に生まれる。上京後最初は原田直治郎に学ぶが、後に天真道場で黒田清輝に師事する。明治31年(1898)東京美術学校西洋画科選科を卒業。同33年白馬会に参加、出品する。同36年より東京美術学校助教授となる。同40年第1回文展が開催され、出品を始め、同42年第3回文展で「渡船」が三等賞を受賞。文部省から同44年より3年間欧州留学を命じられ、ドイツ、フランス、イタリアを訪れる。帰国後は東京美術学校、東京高等師範学校で美術教育にあたり、大正7年(1918)東京美術学校教授となる。大正9年第2回帝展審査員を務める。同11年にパリ万国博覧会に出品、昭和16年(1941)帝国芸術院会員となる。(「東四国阿波讃岐風景画展」図録 1993年)


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

帝展とは?【 美術用語 】

文部大臣の管理下に設けられた帝国美術院によって、1919年から35年まで開催された美術展覧会。1907年から文部省美術展覧会(文展)が開かれたが、次第に二科会、日本美術院、国画創作協会など在野の有力団体の活動が活発化したのに対して、文展にはアカデミズムの弊害が目立つようになった。その対応策として文展創設以来審査にあたってきた老練作家を帝国美術院会員とし、比較的若い世代を審査員に起用することで今までの文展に活気を吹き込もうとした。この改革は一定の成果をあげたが、1935年在野有力作家の吸収を目的として文相松田源治によって帝国美術院が改組され、37年ふたたび文部省美術展として発足した。戦後は1946年日本美術展覧会(日展)として再出発したが、49年日本芸術院と日展運営会が共催することとなり、さらに58年から社団法人日展により運営されている。

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

帝展

キーワードを含む記事
149件見つかりました。

  川村曼舟

  木村斯光

  清原重以知

  日下八光

  口紅

  小磯良平

  小絲源太郎

  幸田春耕

  香田勝太

  児島正典

  児玉希望

  小林萬吾

  小松均

  郷倉千靭

  後藤工志

  佐々木尚文

  佐竹徳(徳次郎)

  佐藤敬

  佐藤光華

  佐野一星



徳島県立近代美術館2006