ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


版画集〈恋人たち〉1. 準クラナッハ選集、“本日休演”による ファースト・ステート



版画集〈恋人たち〉12. …裸にされた花嫁 セカンド・ステート



版画集〈ジャズ〉1.道化師



版画集〈ジャズ〉2.サーカス



版画集〈ジャズ〉8.イカルス



版画集〈聖マトレル〉1.レオニー嬢



版画集〈聖マトレル〉2.テーブル



版画集〈聖マトレル〉3.長椅子のレオニー嬢



版画集〈聖マトレル〉4.修道院



版画集〈石版画集 点より 線より〉5. 線より1



版画集〈ダフニスとクロエ〉9.クロエの接吻



版画集〈ダフニスとクロエ〉11.真昼,夏



版画集〈ダフニスとクロエ〉17.フィレタスの教え



版画集〈ダフニスとクロエ〉41.ニンフたちの洞窟での婚礼の宴



版画集〈ダフニスとクロエ〉42.結婚



版画集〈ドリアン・グレイの肖像〉1. 虹色のスカーフをつけたドリアン・グレイ



版画集〈ドリアン・グレイの肖像〉2. ホース・ランプ



版画集〈響き〉1.赤色の前の二人の騎手



版画集〈響き〉12.即興5



版画集〈響き〉21.騎士の道


<前 (122/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


のおす こうせつ

野生司香雪

香川県高松市に生まれる。本名は述太。仏門の家に生まれるが、幼少より絵を描くのがうまく、明治32年(1899)香川県工芸学校に入学。同級生に後に彫刻家の藤川勇造、漆芸家の磯井如真がいた。明治36年東京美術学校に入学、日本画科で下村観山に学び、新しい日本画を志す。同41年同校を卒業、画家を志し、美術研精会に参加、同会の展覧会や美校出身者の東台画会に出品。大正3年(1914)日本美術院が再興されると、研究会員として参加、同5年には院友となる。この頃インドのタゴールが来日。翌6年に香雪は仏教美術研究のためインドに渡り、荒井寛方に会いアジャンタ壁画の模写を手伝う。翌年帰国後、同壁画の模写展を開く。大正9年第7回再興院展でインドのアジャンタの石窟の朝を想起させる「窟院の朝」が初入選した。昭和7年(1932)仏教の途絶えたインドにある仏教四大聖地の一つの鹿野宛の地にセイロン人の手で建立されたムラガンダークチ・ビハーラ(初転法輪寺)の壁画を揮亳するためにインドに出発。昭和11年完成後に帰国。その後は画壇から離れ、仏画などを描く。昭和18年には長野市に疎開、善光寺雲上殿の壁画を描いた。(「東四国阿波讃岐風景画展」図録 1993年)


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

吉田博とは?【 作家名 】

福岡県に生まれる。1887年に中学修猷館に入学。1893年京都に上り、田村宗立に師事。翌年上京して小山正太郎の不同舎に入り、のち明治美術会に加わる。1899年渡米。デトロイト美術館で「日本画家水彩画展」を開き、翌年パリ万国博覧会に出品して褒状を受ける。1901年帰国。翌年太平洋画会の創立に参加し、1903年には再渡米。第1回文展で3等賞、第2回文展、第3回文展でそれぞれ2等賞を受賞。第4回以後しばしば審査会をつとめる。1947年太平洋画会会長となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

吉田博

キーワードを含む記事
4件見つかりました。

  チャールズ・W.バートレット

  丸山晩霞

  満谷国四郎

  吉田博


<前   次>

徳島県立近代美術館2006